最高裁判所第一小法廷 昭和27年(オ)545号 判決 1952年11月27日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中沢喜一、同後藤正三の上告理由第一、二点について。
記録によると、原審で上告人は被上告人に対し所論のように借地法一〇条による建物買収請求の意思表示をしたことは認め得るけれど、その代金の支払あるまで当該建物を留置する旨の抗弁を主張したことを認むべき証跡は存在しない。さればたとい右建物の買収請求により上告人と被上告人との間に当該建物につき売買契約をしたのと同様の法律上の効果を生じ、建物の所有権は被上告人に移転し、上告人は被上告人に対しこれが引渡義務を、また被上告人は上告人に対しこれが代金支払義務をそれぞれ負担することとなり、従つて当然に上告人において被上告人がその代金の支払をなすまで右建物の上に留置権を取得するに至つたとしても、前説示のように上告人において該権利を行使した形跡のない以上、原審がこれを斟酌しなかつたのはむしろ当然であり原判決には所論第一点のような違法があるとはいえない。けだし、権利は権利者の意思によつて行使されその権利行使によつて権利者はその権利の内容たる利益を享受するのである。それ故留置権のような権利抗弁にあつては、弁済免除等の事実抗弁が苟くもその抗弁を構成する事実関係の主張せられた以上、それが抗弁により利益を受ける者により主張せられたると、その相手方により主張せられたるとを問わず、常に裁判所においてこれを斟酌しなければならないのと異なり、たとい抗弁権取得の事実関係が訴訟上主張せられたとしても権利者において権利を行使する意思を表明しない限り裁判所においてこれを斟酌することはできないのである(民訴一八六条参照)。そしてまた当事者の一方が或る権利を取得したことを窺わしめるような事実が訴訟上あらわれたに拘わらず、その当事者がこれを行使しない場合にあつても、裁判所はその者に対しその権利行使の意思の有無をたしかめ、或はその権利行使を促すべき責務あるものではない。されば論旨第二点も理由なきものである。
同第三点について。
原判決は上告人が本件建物を間接に占有していることを認定しているのであり、この事実認定は肯認するに難くないのである。所論は適法になされた原審の事実認定を非難するに帰着し上告適法の理由とならない。
よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎)